東京地方裁判所八王子支部 平成7年(ワ)2659号 判決
原告
(小金井市議) 渡邉昭吉(X)
(ほか一五名)
右原告ら訴訟代理人弁護士
外立憲和
被告
鈴木敏文(Y)
右訴訟代理人弁護士
勝木江津子
事実及び理由
第三 争点に対する判断
先ず、争点1(本件住民訴訟及び控訴の提起が不法行為となるか)について検討する。
地方自治法二四二条の二の定める住民訴訟は、普通地方公共団体の執行機関又は職員による同法二四二条一項所定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実が究極的には当該地方公共団体の構成員である住民全体の利益を害するものであるところから、これを防止するため、地方自治の本旨に基づく住民参政の一環として、住民に対しその予防又は是正を裁判所に請求する権能を与え、もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的としたものであって、執行機関又は職員の右財務会計上の行為又は怠る事実の適否ないしその是正の要否について地方公共団体の判断と住民との判断とが相反し対立する場合に、住民が自らの手により違法の防止又は是正をはかることができる点に、制度の本来の意義がある。したがって、その訴訟の原告は、自己の個人的利益のためや地方公共団体そのものの利益のためにではなく、もっぱら原告を含む住民全体の利益のために、いわば公益の代表者として地方財務行政の適正化を主張するものであるということができる。
住民訴訟の右のような制度目的に鑑みれば、住民訴訟は住民の参政権の一行使形態と位置づけることができるから、その行使を抑制ないし制限するような解釈は相当ではない。したがって、本件住民訴訟の提起の不法行為の成否を判断するにあたっても右のような観点からなさなければならないというべきである。
ところで、そもそも訴えの提起が相手方に対する違法行為となるためには、単に提訴者が敗訴となったというのみにとどまらず、提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的・法律的根拠を欠くものであるうえ、同人がそのことを知り又は通常人であれば容易にそのことを知りえたのにあえて提起したなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限られると解すべきである。
本件にあっては、本件住民訴訟において被告が違法と主張した諸点は一、二審を通じいずれも理由がないものとして排斥され、請求棄却となったことは前記のとおりであり、この判断と異なる判断をしなければならない資料は本件記録上存しないから、当裁判所も右判断を前提としたうえで判断することとする。
そこで、被告がいかなる根拠・資料に基づいて本件住民訴訟を提起したかを検討するに、被告は前記のとおりの主張をするところ、〔証拠略〕によると、次の事実を認めることができる。
被告は、昭和四〇年ころから市政に関心を抱き市民の結成にかかる任意団体「小金井市行革推進連絡協議会」の構成員として活動をし、昭和五五年一二月一六日には被告が請求人となった小金井市長の旅費問題に関しての監査請求をなしこの主張の一部が認められたなどの活動を展開していたところ、本件一〇〇条委員会の設置及びその後の本件調査活動についても当初から関心を寄せ、右連絡協議会などにおいてもその設置の必要性などについて会員との間で議論していたところであった。このようなことから被告は本件第一次監査請求をなしたのであるが、該請求は棄却とはなったものの、これに関連して監査委員は市議会議長に宛てて平成二年三月二三日付「住民監査請求に係る監査結果に基づく意見について」と題して「N職員の言動に係る事項の調査のみをもっていわゆる一〇〇条調査権を発動することは、牛刀をもって鶏を割くの嫌いがないわけではなく一般市民にとって理解されがたいものと思料される。‥一〇〇条調査は‥いわば議会における伝家の宝刀ともいうべきものであって、抜かざるをもって尊しとするものと思料される。もっとも、かかることは、市民の選良である議員にとって十分に承知されていることであるから、本件一〇〇条調査権の発動にはそれに相応する経緯と問題点があるように考えられるが、監査委員としては今回、公式の資料、説明によってこれを認むることは困難であった。よって、今後一〇〇条調査に当たっては、議会において調査事項又は事件の内容が一見して明らかなように内容を特定するとともに、事案との権衡を考慮して発動されるのが肝要と思料されるので、重重の非礼を顧みず、あえて意見を申し述べる次第である。」との意見具申がなされていた。このようなことから、被告は、本件一〇〇条委員会の本件調査に格別の関心を寄せていたところ、本件一〇〇条委員会は、平成元年一二月二七日の第一回を最初に平成五年二月二三日の第一四回まで委員会を開催し、このころ、調査報告書を作成した。これをふまえて被告は、本件第二次監査請求をなしたものの、前記のとおり不適法として却下された。
右の間、弁護士鈴木亜英外二名は、平成二年四月一一日付をもって「小金井市一〇〇条委員会設置に関する意見書」(以下「本件意見書」という。)と題する見解を表明し、この中で本件一〇〇条委員会の設置及び本件調査活動に関して概略左記のとおり述べており、被告は、そのころ、本件意見書の一部を入手した。
記
(1) 調査対象が特定していない。
調査対象はすこぶる曖昧、広範で抽象的であるから、調査事項が特定していない。
(2) 調査目的の違法性
小金井市職員組合や同組合現業協議会の拠点職場に属する労働者、とりわけ職場の権利を守るために闘う労働者を攻撃し、右組合の労働組合としての団結権を侵害し、弱体化させる狙いを有するのみならず、市議会本来の権利を行使するのではなく、現業職員の人員削減や民間委託に反対する勢力に打撃を与える露骨な政治的狙いを有する。
(3) 一〇〇条委員会設置の必要性がない。
市議会での審議過程において、すでに解決済みであるか、少なくとも解決可能な問題であり、敢えて本件一〇〇条委員会を設置する必要性がない。
(4) 執行機関との抑制均衡原則を破る。
調査対象事項は市長の人事裁量権に属する問題である。
また、被告は、小金井市職員労働組合活動にも関心を寄せており、同組合は、その内部対立から平成二年七月六日、市職と市職労とに組織が分かれ、市職労は、本件一〇〇条委員会の本件調査活動を市職労に対する組織攻撃と受け止めてビラ配布などによる反対行動を展開していたのであるが、被告も、市職労の主張するところをビラなどによって知り、本件一〇〇条委員会の調査活動に組合対立を持ち込んでいるのではないかとの疑問を抱いたりした。
以上のことから、被告は、本件一〇〇条委員会の設置及びその後の本件調査活動に市の公金を支出するのは不当であると考え、社会正義の実現のためには司法判断を仰ぐこと以外にはないとの判断から本件住民訴訟を提起するに至った。
右認定事実によると、被告は、かつてから市民の一人として市政に関心を寄せていたところ、たまたま本件一〇〇条委員会が設置され本件調査が開始されるようになったのを契機にこれらに疑問を抱くようになり、本件第一次及び第二次監査請求をしてはみたものの、いずれも容れられるところとはならず、被告の疑問を概略支持する弁護士意見書、市職労作成のビラ及び監査委員の前記意見具申などから、司法判断を仰ぐべきではないかとの判断から本件住民訴訟を提起するに至ったというのである。
そうすると、被告の提起した本件住民訴訟は、市民としての参政権の一行使形態であるということができ、該訴訟において主張した違法事由も法律的ないし事実的に一応の根拠を有していたものということができる。
この点につき原告らは、本件住民訴訟が提起された前後の状況や被告の言動からみて、被告が本件住民訴訟を提起した目的は特定の議員(原告佐野)との私的ないし政治的対立、あるいは組合間対立ないし市議会に対する組織的抵抗を意図した一方組合に同調ないし同化したことにあった旨の主張をする。
そこで、検討するに、〔証拠略〕によると、次の事実を認めることができる。
原告佐野と被告との紛争経緯をみれば、原告佐野は、昭和四六年四月に市議会議員に初当選して以来、今日に至るまで市議会議員の職に就いているところ、被告とは、日照問題を取り上げての議員活動をするなかで面識を得るようになった。ところが、原告佐野が、平成二年一二月ころ、市議会の予算の特別委員会において、市における固定資産滞納者、すなわち被告に対する市当局の対応が不適切であるとして説明を求めたことや、平成三年一二月ころ、被告が自宅に拡声器を取り付け、隣接する会社等への訪問者が車を駐車しようとするたびに注意していることについて、付近住民から提出された「良好な近隣環境の保全を求める請願書」と題する請願書が、原告佐野らを紹介議員として市議会事務局に受理されたことなどがあったため、被告は、次のとおり原告佐野に対して訴訟や同原告を批判する活動等を行った。
(1) 平成四年、原告佐野らに対し、前記請願書の内容が名誉毀損にあたるとして訴訟(東京地裁平成四年(ワ)第二一九九二号損害賠償請求事件)を提起し、平成五年六月二日、請求が棄却されると控訴し(東京高裁平成五年(ネ)第二二三一〇号)、同年一〇月二八日、控訴が棄却され確定した。
(2) 平成五年三月ころ、自ら立候補した市議会議員選挙の選挙期間中、街頭で原告佐野が暴力団員と結託しているなどと演説を行った。また、同年八月以降、市役所付近等で、原告佐野が暴力団と関係している、同人が市民テレビから選挙資金二万円を受け取っていた、強姦未遂事件をおこした保育園の警備員を支援している、付近の住宅建設について不当な要求をしているなどの批判記事を掲載したビラを配布した。
(3) 同年五月ころ、原告佐野に対し、前記予算特別委員会の件で、原告佐野の質問内容が名誉毀損にあたるとして訴訟(東京地裁八王子支部平成五年(ワ)第一〇九七号損害賠償請求事件)を提起し、同年一一月二五日、請求棄却された。
(4) 平成六年二月ころから平成八年四月ころまでに、市役所付近等で、原告佐野への市税滞納についての差押予告通知書のコピーを掲載した上で、同人が、固定資産税等を滞納しており、また、暴力団と関係しているなどと非難するビラを多数回にわたって配布した(これに対して、原告佐野らは、被告が配布したビラで名誉を毀損されたとして訴訟〔東京地裁八王子支部平成六年(ワ)第三六三号〕)を提起している。
(5) 本件住民訴訟において、原告佐野が、本件議案及び表決の中心人物である旨主張している他、その準備書面の中で「被告佐野は卑劣である。」等と題して、原告佐野が、前記のような被告の固定資産税滞納についての市当局の対応を批判しているにもかかわらず、原告佐野自身も固定資産税等を滞納しているなどとして、原告佐野に対して個人的な攻撃を加えており、本件控訴においてもほぼ同様の主張を行っている。
(6) さらに、原告佐野らに対して、平成七年及び平成八年、原告佐野がその所属する会の機関誌の発行人と行動して被告の名誉を毀損する記事を掲載したとして訴訟(東京地裁八王子支部平成七年(ワ)第三七九号損害賠償請求事件、同支部平成八年(ワ)一四四号損害賠償請求事件等)を提起したが、平成九年七月、いずれも請求棄却された。
右認定事実によると、なるほど、被告は原告佐野に対し、本件住民訴訟提起前から同原告が被告の固定資産税滞納問題等を予算特別委員会において市当局に説明を求めたことなどを契機に同原告に対する訴訟や批判活動を展開するようになり、この活動に正当性が存するかは疑問の存するところであるということができ、このようなことから同原告に悪感情を抱いていたと推認することができる。
しかし、そうであるからといって、被告が住民訴訟を提起した動機・目的は同原告に対する悪感情や嫌がらせといったところになかったことは前述したとおりであるし、同原告が本件議案の提案者となっていたとはいうものの、提案者の一人に過ぎず、本件表決に賛成した原告らをも被告として提訴していることなどを考慮すると、被告の本件住民訴訟の提起に特定議員(原告佐野)に対する私的ないし政治的対立目的が存した旨の原告らの主張は採用できない。
また、組合間対立の点に関しても、なるほど、小金井市役所職員労働組合が内部対立によって平成二年七月六日に市職と市職労との二つの組織に分かれ、市職労が本件一〇〇条委員会の設置及び本件調査活動に批判的活動を展開していたとはいうものの、被告は、右いずれの組合員ではないことは勿論のこと、いずれの組合活動をも支持していたわけではなかった(被告本人尋問の結果)のであるし、本件住民訴訟で被告の主張した違法事由が本件弁護士意見書に依拠していたとしても、法律専門家でない一市民が情報源としてこれを利用したことは無理からぬところがあるというべきであり、これをもって違法と評価することはできない。
以上のとおりであるから、本件住民訴訟の提起及びその後の控訴の提起を違法とする原告らの主張は理由がないから、本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
(裁判長裁判官 林豊 裁判官 都築民枝 小田島靖人)